“捨てても自然に還る”新素材
地球にやさしい繊維が世界を変える
“捨てても自然に還る”新素材地球にやさしい繊維が世界を変える
O.H
入社年:1992年
播磨研究所 技術開発G
研究所長
S.T
入社年:2016年
播磨研究所 技術開発G
新規繊維・新用途開発
S.Y
入社年:2022年
播磨研究所 技術開発G
新規繊維・新用途開発
これまでのプラスチック(樹脂製品)は“劣化しないこと”が強みでしたが、それが今では環境問題の一因にもなっています。プラスチックが環境に与える影響が世界的な課題となっている中、大和紡績では“自然に還る、『生分解性繊維』”という新たな技術を活かし、廃棄された製品が自然に還る地球にやさしい未来を目指す取り組みを進めています。今回はそんな『生分解性繊維』の開発に携わったプロジェクトメンバーのみなさんに、開発の背景や技術的な工夫、今後の展望について語っていただきました。
使い捨てされる繊維製品の未来を変える挑戦がスタート
──このプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。
O.Hさん きっかけは、“使い捨て製品の未来をどう変えるか”を考えたことです。繊維製品は人々の生活の中でさ様々な用途で使用されていますが、最終的にはほとんどがゴミとして焼却処理されてます。また昨今は海洋への流出が問題となっており、流出プラスチックによる環境・健康問題もクローズアップされています。大和紡績の繊維製品はおむつ、マスクや制汗シートなどの使い捨ての製品が多いため、できるところから環境に配慮したものに変えていこうと考えたのがはじまりです。
S.Yさん そのために開発したのが、「生分解性」と「バイオマス」を両方兼ね備えた繊維である『生分解性繊維』です。「バイオマス」とは従来の石油から製造されるのではなく、植物等の非石油原料からなるプラスチックのことで、最終的に焼却処理されたとしても大気中に新たな二酸化炭素が排出されず、地球温暖化防止に寄与する地球にやさしい原料のことです。
S.Yさん 日本でもバイオマスプラスチックの普及が国の目標として掲げられています。2030年までに200万トンのバイオマスプラスチックの導入を目指す中で、大和紡績もその一翼を担いたいという想いがありました。現在、大和紡績が製造している合成繊維のうちバイオマスプラスチックの割合は1%未満です。そのため多くの製品にこの技術を活かし、数量を増やすことで環境に貢献していきたいと考えています。
硬い繊維を、綿のように“ふわっと”柔らかく
──プロジェクトを進めていくうえでの課題はありましたか?
O.Hさん まずは生分解性繊維を作るための原料を探すところからでした。原料メーカーや商社と相談しながら、最終的に“ポリ乳酸”という生分解性バイオマスプラスチックにたどり着きました。トウモロコシ、もしくはサトウキビを原料とする樹脂で、乳酸がつながってできている自然由来の成分なので、身体にも自然にもやさしいのが特徴です。
S.Tさん 原料がみつかったのは良かったのですが、そもそも日本では製造されておらず、海外からの輸入に頼る必要がありました。加えて、石油由来の汎用プラスチックと比べて生産量も少なく、供給量の制限があり入手すること自体も当初は苦労しましたね。
O.Hさん 樹脂の安定供給の目途は得られたのですが、一番苦労したのは、繊維を“柔らかくする”ことでした。ポリ乳酸は石油由来の樹脂よりも硬質な樹脂であるため、製品化した際に『肌触りが悪くなるため使えない』というお客さまからのフィードバックが多く寄せられたのです。いくら環境に良い製品でも、性能が悪化すると購入いただけませんからね。そこで、改良を重ねることになりました。
S.Yさん 柔軟化剤を使用する方法も検討しましたが、環境への配慮やコストアップを考えると採用できませんでした。そこで注目したのが、“L体とD体のバランス”だったんです。ポリ乳酸という素材にはL体とD体の2種類の成分が含まれているのですが、この割合や製造条件を最適化することで、繊維が柔らかくなることがわかったんです。
S.Tさん L体とD体のバランスの見極めには1年ほどかかりました。最初は手探りの状態で、1日に5〜6種類の材料を組み合わせては検証するという地道な作業の繰り返しでした。そんなある時、「あれ、これなら柔らかくなるぞ!」という手応えを感じた瞬間があったんです。その時はみんなでガッツポーズをしたのを覚えています。最終的にはお客様が柔らかさを認めていただき、『生分解性繊維の柔軟化』という大きな壁を超えることができました。
研究所から工場へ、安定生産までの長い道のり
──技術的な成功を工場での量産につなげる際に、苦労したことはありましたか?
S.Tさん やっとの想いで繊維を柔らかくさせた技術を、いざ工場の生産ラインに移そうとしたところ、製造の安定化が思うように進みませんでした。特に、工場では大量の糸を一度に製造する必要があるのですが、糸が切れてしまうという問題が発生しました。これが非常に厄介で、何度も途中で糸が切れてしまい、連続で稼働させるのは1時間がやっとの状態がしばらく続きました。そこで研究所に持ち帰り条件の調整を何度も繰り返した結果、1年半程かけてようやく工場での安定稼働が実現できました。その時は本当にほっとしました。
O.Hさん 研究所の選定条件と工場の安定生産条件が一致しないのは、良くある話なのですが、今回は特に試行錯誤の連続でしたね。原料の組成を少しずつ調整したり、製造条件のパラメータを変えたり、まさに地道な改善の積み重ねでした。樹脂の安定調達に始まりL体とD体の調整を経て安定生産にたどり着くまで、5年という長い道のりでしたね。
S.Yさん 私は開発途中に入社して開発に関わりましたが、先輩がすごく密に連携を取っていたのが印象的で、私もすんなり輪の中に入ることができました。毎日のように進捗を共有し、失敗があれば「次はどうしょうか」とすぐに話し合いました。チームで課題に取りくんでいたからこそ、苦しい作業でも最後まで頑張れたのだと思います。
次なる挑戦は「ホームコンポスト化」と「海に還る繊維」
──現在進めている新たな挑戦について教えてください。
S.Yさん ヨーロッパでは家庭から出た生ゴミなどを堆肥化させる“家庭のコンポスト”が普及しています。これに対応できる繊維製品をつくるのが次の目標です。日本でも各家庭で生ゴミと一緒に繊維製品も堆肥化できるようになれば、環境問題がさらに前進するのではないかと考えています。特に、繊維製品の分解のタイミングまでコントロールできるようになると、廃棄物の処理もより効率的になるはずです。
S.Tさん これまでの生分解性繊維は“土に還る”仕組みでしたが、現在は“海に還る”繊維の実現に挑戦しています。海洋ゴミの問題も世界的に注目されている中で、大和紡績では“海に流れても分解する繊維(海洋生分解性)”の開発を目指しています。現在はまだ、素材の選定と製造プロセスの調査段階ですが、いつか必ず実現させたいと思っています。
O.Hさん 地球の環境問題はこれからもずっと続いていくものです。大和紡績としても、それを最優先のテーマとして掲げています。今回お話したプロジェクトでは、その中で「生分解性」と「バイオマス」に着目しましたが、それ以外にも環境に対して貢献できるアプローチはいくらでもあると思っています。それぞれのアプローチを組み合わせて、多角的に開発・研究を行いながら地球にやさしい製品開発に力を入れていきたいですね。
未来の“当たり前”を変える大和紡績の挑戦
大和紡績の生分解性繊維の開発は、単なる技術革新ではなく“地球環境に向き合うものづくり”への挑戦です。製品が役目を終えたその先までを考える開発姿勢が、大和紡績のものづくりを支えているのです。さらなる環境への貢献を目指し、新たなチャレンジが今まさにはじまっています。未来の当たり前をつくる、繊維技術にこれからも注目です。
※大和紡績は、日本バイオプラスチック協会より、「バイオマスプラ識別表示制度」と「生分解性プラ識別表示制度」に適合し、ポジティブリストへの登録証明を受けています。